病気になって失ったもの、得たもの

失ったもの

私は、本格的なてんかんの発作の始まりが中学2年だったので、当時は失ったものしか考えられず、絶望的でした。それまでに当たり前だったことが次々と崩れていきました。

  • 自由
  • 自信
  • チャレンジ精神
  • 友人関係

病気による様々な制限は、『自分には出来ない』という気持ちを強めてしまいました。

心の境界線

自分が病気だと認識してしばらくすると、ずるい人間になっていた時期がありました。

「病気だから出来ないこと」の中に、「やりたくないから病気のせいにする」部分が出て来ていたのです。もちろん、そんなことは絶対にしない、しっかりとした意思を持った方はいます。これは、私だけかもしれませんが、だんだんと自分でも分からなくなってくるのです・・・心の境界線が。

てんかんを理由にして諦めなくてはいけないことがあります。これは、自分が言い訳にして逃げてるんじゃないか。でも、無理してそれを通そうとすると、もしもの時に確実に周囲に迷惑がかかる。発作のことを考えたら、やめることが正解だ。そして、重圧から逃れてほっとしている自分がいる。やっぱりてんかんを利用して逃げているんじゃないか。こんな葛藤が何度もありました。

てんかんの子供を甘やかせすぎないように・・・という注意が病院から出るのも、このような点からではないでしょうか。てんかんの場合は、常に無理なことが決まっているわけではない。その人の発作の頻度や環境によって、「もしも」を考えて危険を遠ざけていく生活をする。その「もしも」をどれぐらい優先して物事を決断していくか、これは、完全に個人の考え方によるので、自分を甘やかずに、でも、リスクを考えて・・・この境界線が難しいと思います。

自分の生活の中で、ルールを作っていく。この作業が、とても私には難しく、今でも解決できない部分です。

得たもの

病気が自分にもたらすものなど、何もないと思っていました。その気持ちが変わったのは発症から10年ほど経った頃でした。病気にならなければ、分からなかったこと、出会わなかったことがあることに気づきました。

  • 周りを見るゆとり
  • 前を向く気持ち
  • 感謝する気持ち
  • 大切な出会い
  • 自分を知るチャンス

病気をしたことで感じた辛い気持ち、悔しい気持ち。これらは、私を成長させてくれました。私は、負けず嫌いで、周りに気配りの出来ない子でした。自分が順調に進んでいることが自信でした。そんな自信が消えた時、人に好かれる要素がないことに気づきました。いじめもありました。強さがなくなった時に、崩れる程度の人間関係しか築けていなかったのです。強い自分と弱い自分。両方経験できました。それは、周りの人たちにも、強い部分と弱い部分があることを考えるきっかけになりました。

私は、人より不便な点があります。でも、他の人も違う不便さを持っているはずです。病気、障害、コンプレックス。これらの不便さは、決まった順位をつけられるものではありません。数値で表せるものでもありません。不幸だという理由でもありません。本人の感じ方で決まると思います。自分に出来る中で、すこしでも有意義な時間を過ごそう。こう考えられると、不思議なことに、病気のために失ったと思ったものが、形を変えて取り戻せている気がしました。

こんな風に前を向かせてくれたのは、たくさんの人との出会いと支えでした。
もちろん一番大きな存在は主人です。困った人を見ると放っておけない人です。病気のことがなかったら、私を支えようという決断もなかったかもしれません。そして、主人のつながりで知り合いになった多くの人たち。全ての人が、私の病気を受け入れ、様々なサポートをしてくれます。そして、純粋に彼らの役に立ちたいとも思えます。

てんかんと付き合いながら妊娠するに当たって、病気について何度も調べました。自分をコントロールする術を探りながら生活しました。自分の特徴はどのようなものか、大学では心理学を専攻しました。病気がなかったら、ここまで自分を知るチャンスはなかったと思います。そして、そのことを、主人も理解してくれています。自分を知ると同時に、ここまで深く自分を知ってもらうチャンスがあったことは、とても大切なことだと思っています。

何度か、遠回りをしました。でも、それらは全て無駄じゃないと思えます。